コンサルティングファームでの仕事

こんにちは。岡村憲之です。今日は、コンサルティングファームでの仕事
についてお話します。

百貨店を辞めて、少し充電してから、コンサルティングファームに転職
しました。そこでは、主に家電メーカーのマーケティングに関する仕事を
しました。新製品の市場導入や、チャネル戦略の仕事です。

当時はまだ家電量販店は、秋葉原が全盛の頃で、郊外型の量販店はなく、
家電メーカーのチャネル政策は、街の系列店に対する施策が中心でした。
家電メーカーの役員クラスと、全国の系列店を動かす施策を検討するのは、
とても面白い仕事でした。

百貨店という小売の現場で、直接、消費者と触れ合っていた経験が、大変
役立ちました。家電流通に詳しくなってきた頃に、郊外型の家電量販店が
誕生し始めました。家電量販店からの直接の依頼が来るようになりました。

その頃は、大店規制法があったため、量販店といっても、150坪に制限
されていました。150坪という制約の中で、店舗レイアウトを考えたり、
オープニング販促の企画を立てるのは、とても面白い仕事でした。

なにしろ、売るのは大好きだったのですから。1対1の接近戦で売るのも
楽しいのですが、チラシやイベントなどの空中戦の仕掛で売るのも、
とても面白かったです。

家電メーカーのコンサルティングも継続していたのですが、家電メーカーの
チャネル戦略も、次第に家電量販店中心へ変わっていきました。流通における
メーカーの役割が大きく転換する頃でした。

それからしばらくして、家電量販店でのコンサルティング経験に基づき、
より大型のホームセンターにも関わるようになりました。

トイザラスの日本進出に伴い、アメリカの圧力で大店法が撤廃されたため、
家電量販店も300坪、600坪、1000坪、2000坪とランクアップ
していきました。ホームセンターは、3000坪でした。

私も150坪から順次、ステップアップしていったので、2000坪や
3000坪の店舗も、ごく自然にコンサルティングできるようになって
いました。

アルバイトも就職も百貨店からスタート

こんにちは。岡村憲之です。今日は、私にとっての百貨店についてお話します。
昨日も書いたように、子供の頃から、本当に百貨店が大好きでした。

東京生まれで、仕事は東京でするつもりでした。そのために、学生時代は、
どうしても京都で一人暮らしがしたくて、大学は同志社大学に行きました。
中学、高校の2度の修学旅行で、とても京都が気に入ったのです。

1、2年は、それなりに勉強して、3年生からは、百貨店でアルバイトを
始めました。土産品やオルゴールなどの売場でしたが、外人のお客様も多くて、
毎日が本当に楽しかったです。

祇園祭の日には、百貨店の前の道路で、鉾の呼び込み販売をしたのですが、
それまでの最高記録を達成しました。販売が楽しくてたまらないし、誰にも
負けないという自信がついた頃でした。その百貨店のフロア長から、ぜひ就職も
うちに来なさいと言われたのですが、丁重にお断りして、東京の百貨店に就職を
決めました。

アパレルショップをやりたくて、アパレルの修行のつもりで勤めたのですが、
配属先はなぜか、タオル売場でした。できれば、忙しい売場にして下さいと
言ったのがいけなかったみたいです。百貨店では、中元、歳暮の商材がある
売場が、一番忙しいのです。

それでも、ジバンシーやバルマンなど、ブランド品を選定したりして、アパレルに
近い要素もあり、楽しかったです。そして、あるコンサルタントの講義を受けて、
自分でアパレルショップをやるより、コンサルタントのほうが魅力的だと思ったのが、
コンサルタントになるきっかけでした。

最初から長く勤める気はなかったので、3年強で百貨店を辞めました。百貨店は
大好きでしたが、入社と同時に定年の姿が描けるような人生は絶対に嫌でした。

流通業界のコンサルタントになった理由

こんにちは。岡村憲之です。今日は、私がなぜ流通業界を主な活動分野とする
コンサルタントになったのかをお話します。

マーケティング戦略をテーマとしたブログなのですが、少し前に私がコンサル
タントになったきっかけを書いたところ、私自身についてもっと知りたいという
ご要望を頂戴しました。そこで、今回は、もう少し自分のことについて書くことに
しました。

ひとことで言うと、子供の頃からスーパーマーケットと百貨店が大好きだった
からです。小学生の頃、はじめて友達と子供だけで遠足のお菓子を買いに、
日本型GMSの食品売場に行ったときの楽しかったことは、今でも覚えています。
セルフセレクションで、カゴに入れたり出したり、自分たちだけで、本当に
楽しく品物を選びました。

口うるさい(?)親もいないし、お菓子屋のおせっかいなおばさんもいないのです。
子供心に、これが自由なんだと実感しました。それ以来、セルフセレクションの店は
自分の中で、おおげさにいうと、自由の象徴となりました。そして、コンサルタント
になってから、米国視察を繰り返すことにより、益々、その思いは強くなっています。

子供の頃に話を戻すと、日曜日はいつも母親が百貨店に連れて行ってくれたので、
百貨店が大好きでした。店の雰囲気は豪華に感じ、接客はとてもていねいでした。
レストランで食べるプリンアラモードに文化を感じたものです。いつも行っていた
百貨店の中なら、どこでも目をつぶっても走り回れるくらい、大好きでした。
日曜日に遊びにくるだけでなく、毎日ここにいたいと思っていたくらいです。

この頃から、自分の中で、コモデティグッズは、セルフセレクションで自由に買い、
高付加価値商品は、親切ていねいな接客を受けて買うという2極分化の価値観が、
無意識のうちに身についていたように思います。

このような日々を送っていたので、流通業界で仕事をするのは、本当に自然な
流れであり、必然だったのです。

老舗に学ぶ時流対応での生き残り策

こんにちは。岡村憲之です。今日は、時流対応ということについてお話したいと
思います。マーケティングで時流対応はとても重要です。

百貨店の三越は、江戸時代から続いている老舗です。老舗というと古くて何も
変わらないのではないかというイメージを持っているかもしれませんが、そう
ではありません。

1970年代初頭に、マクドナルドが日本に上陸した際に、第1号店は銀座
三越にできました。その当時は、あの老舗の三越が、立ち食いの店を始める
なんてと、苦言を呈した人が多かったのです。

ところが、オープンすると、カウンターだけだった小さな店が、マクドナルド
の中で、世界一になりました。そうすると、さすがに三越は見る目があると、
急に良い評価に変わりました。まさに、日本マクドナルドの創始者である藤田
田さんの言うところの「勝てば官軍」です。

今は、三越・銀座店にマクドナルドはなく、世界的に著名な宝石店である
ティファニーが出店しています。

老舗で古いまま何も変わらないように見える三越は、実際には、常に時流に
合った新しいものを取り入れながら、変化し続けているのです。伊勢丹との
合併も、同じです。この柔軟さが、老舗として、長い間しぶとく生き残って
きた秘訣なのです。

マーケティング戦略では、ドメインが重要

こんにちは。岡村憲之です。今日は、ドメインについてお話します。ドメイン
とは、事業領域のことです。

事業の目的は顧客創造であり、必然的にシェアを高めることが重要です。
事業とは、シェアを高める戦いをしていると言ってもよいでしょう。シェアとは、
母数に対する比率ですから、母数をどう捉えるかが前提となります。つまり、
ドメインを決めなければ、シェアという概念は生じないのです。

スペインにコドルニューという会社があります。創業400年以上の歴史がある
会社です。創業してから、300年以上もワインを製造してきましたが、ワイン
ではシェアNO1になることはできませんでした。

そこでドメインを普通のワインからスパークリングワインに切り変えたのです。
その結果、世界一のスパークリングワインのメーカーになりました。ちなみに、
スパークリングワインという名称は、コドルニューのシャンパンの生産量が
あまりに高まったことで、フランスからクレームがついたので、スパークリング
ワインと名称変更したのです。中身は同じものです。

このように歴史の長い会社でも、ドメインを変更して成功した事例があります。
マーケティング戦略において、ドメインを決めることが、いかに大切であるかが、
よくわかります。

マーケティングにおける顧客志向とは

こんにちは。岡村憲之です。今日は、マーケティングにおける顧客志向について
お話します。

コンサルタントの仕事で、会社にお伺いすると、「顧客第一主義」とか、「顧客志向
の企業を目指す」などというスローガンが掲げられている光景をよく見ます。
立派な額に入れて飾っている会社や、毎朝の朝礼で大声で唱和している会社
などもあります。これは、これでよいのですが。

問題は、お題目として唱えられている「顧客志向」を、実際に全社員がどれだけ
自分のものとして、理解して仕事に臨んでいるかということです。

マーケティング学者のセオドア・レビット(Theodore Levitt)が、1968年に
発表した「マーケティング発想法」という本の中にある、「人は1/4インチの穴を
買うのであって、1/4インチのドリルを買うのではない」という言葉が有名です。

顧客に対して、「どのようなサイズのドリルが欲しいのか」、「材質は丈夫なものが
よいのか」、「予算はどれくらいか」などの質問をして、品物を選ぶのは、一見、
顧客志向に見えるのですが、本当はそうではありません。

顧客の目的は、穴を開けることなのですから、「何のためにドリルが必要なのか」、
「それなら必ずしもドリルでなくても・・・」、「ドリルだけではなく、これもあれば、
さらに便利に・・・」と、真の目的を聞いて、それに最適な方法を提案することが、
本当の顧客志向であり、マーケティング発想なのです。

真の顧客志向の会社になって発展するためには、全社員にマーケティングを
学ばせることが重要です。

マーケティング7つの間違い

こんにちは。岡村憲之です。今日は、マーケティング7つの間違いについて
お話します。

マーケティングは、とても広い概念を持った言葉ですから、人によって捉え方も
様々です。これはやむをえないことですが、明らかに間違った捉え方をしている
と思うことがよくあります。整理すると、7通りくらいになるようです。

1.マーケティングとは製品やサービスを売ることだと思っている間違い
 マーケティングは売ることだけではありません。製品の企画からアフターサー
 ビスまでのトータルを対象とした概念です。

2.マーケティングとは新規客を獲得することだと思っている間違い
 事業の目的は顧客創造ですから、新規客の獲得は極めて重要です。しかし、
 既存客の固定化を同時に進めないと、ざるで水をすくうようになります。

3.マーケティングとは調査活動のことだと思っている間違い
 メーカーには時々、マーケティングをするというと、調査をすると同義語
 だと思っている人がいます。調査は大切ですが、狭く考えすぎです。

4.技術が優秀で、製品が優れていれば、必ず売れると思っている間違い
 いくら素晴らしい製品でも、その価値が正しくユーザーに伝わらなければ
 まったく売れない可能性が大きいです。

5.価格を下げれば、たくさん売れると思っている間違い
 価格は、購買を刺激するための重要な要素ですが、それ以前の問題として
 製品が顧客ニーズに適合していなければ、その製品は売れません。

6.価格を上げれば、利益が増えると思っている間違い
 価格を上げれば、1品あたりの利益はあがりますが、販売数量が減ると、
 トータルの利益は下がる可能性があります。

7.すべての客層を対象にしたほうが売り上げが伸びると思っている間違い
 すべての客層に合わせようとすると、誰にも合わない製品や販売方法に
 なってしまいます。ターゲットを明確に絞ることが大切です。

販売会議の中で、上記のような会話が、飛び交うことがよくあります。企業の
全社員が、マーケティングを学び、戦略的に考えて行動しなければなりません。 

店長は経営者の意識を持つ

こんにちは。岡村憲之です。今日は、流通業における店長の心構えについて
お話します。

私のブログを読んでくれている人は、経営者だけではなく、ドラッグストア
やアパレルショップなど、さまざまな業種・業態の店長もたくさんいます。
店長の中からは、自分には少し難しいという感想もいただいています。

マーケティング理論は、慣れないと少し難しく感じるかもしれませんが、
このブログを続けて読んでいただければ、だんだん理解できるようになると
思います。習うより、慣れろです。

これはとても重要なことなのですが、私は「店長は経営者である」と
考えています。チェーンストアでは、100店舗以上の店舗がある企業も
多いです。これからは、海外に展開していく企業も多いでしょう。

そうなると、各店舗の一挙手一投足まで、本部でコントロールすることは、
不可能です。それゆえ、各店舗の店長が経営者意識を持って、臨機応変に
行動していくことが求められます。事実、どんなに標準化を図ったチェーン
でも、店長の能力によって、実績が大きく変化することは、これまでに何度も
経験しています。

店長は自分のビジネスを始めて、経営者になるための修行期間と考えれば
よいし、経営者は自分と一緒にビジネスを続けたほうが魅力があると思わせる
ような企業を創らなければなりません。

いつでも自分でビジネスを始められるくらいの力量を持った店長が揃っている
企業のほうが、サラリーマン意識の店長がいる企業より大きく伸びるはずです。

マーケティング戦略におけるM&Aの重要性

こんにちは。岡村憲之です。今日は、M&Aの重要性についてお話することに
します。その理由は、選挙を直前にした政局を見ていて、ビジネスも政治も
同じ論理で動いているなと、改めて強く感じたからです。

ドラッカーが言っている通り、事業の目的は顧客創造であり、ビジネスでは、
自社を支持してくれる顧客を1人でも多く創り、市場シェアを高めることが
最も重要です。つまり、ビジネスとは、シェアの獲得合戦なのです。

昔は、自社だけの努力で規模拡大をする企業も多かったのですが、もはや
それほど悠長な時代ではありません。ドックイヤーからマウスイヤーと言われ、
上位寡占まで到達する速度が驚異的に早くなっているからです。このような
時代には、M&A戦略を駆使して、シェア向上を図ることが不可欠です。

まだ上位寡占に到達していない業界であれば、中堅の企業がM&Aを駆使して、
上位を狙うチャンスは十分にあります。その時のキーワードは「小異を捨てて
大同に就く」です。ただし、それを成功させるためには、情熱を持ってM&Aを
まとめ上げる、カリスマ的なリーダーが必要となります。このような成功事例は、
ビジネスの世界では数多く見てきました。

政治の世界でも、合従連合が毎日のように話題になっています。合従連合により、
小規模政党が別々に存在しているよりも、議員数のシェアを高められる可能性が
高くなるからです。カリスマ的なリーダーがいれば、トップ会談により、物凄い
速度で、小異のある集団を大同させていくことができます。

これは、まさしくビジネスで展開されている、M&Aによりシェア拡大を実現
していくマーケティング戦略とまったく同じ姿に見えます。

ビジネスにおいても、これから起業する人でも、今は小規模、中規模の企業でも、
市場を的確に選んで、カリスマ的なリーダーシップを発揮していけば、M&A戦略を
駆使することで、トップクラスに躍進できる可能性は、十分にあるのです。

コンサルタントになったきっかけ

こんにちは。岡村憲之です。今日は、私が経営コンサルタントになった
きっかけについて、お話しましょう。

最初のきっかけは、自分がまだ小学生だった頃に、ある雑誌でアンケート
ハガキを送ると、将来の職業適性を判断してくれるという企画がありました。
その答えが、経営コンサルタントだったのです。その時は、カッコイイ響き
だなあと思ったくらいです。そのまま潜在意識に沈めて忘れていました。

もの心がついた頃から他人に使われるのは絶対に嫌な性格だったので、
自分でビジネスを始めたいと思っていました。アパレルの修行のつもりで
入った百貨店で、あるコンサルタントの講義を受ける機会がありました。

その時に、突然、職業適性のことが頭に蘇りました。誰にも頼らないで、
自分の能力だけでビジネスを切り開くコンサルタントこそは、自分がやるべき
仕事だと確信したのです。そしてすぐに情報収集を始めて、経営コンサルタント
唯一の国家資格として、中小企業診断士というものがあることを知りました。

中小企業とついていることに、とても違和感がありました。自分は大企業を
中心にコンサルティングをするつもりだったからです。もし中小企業から依頼を
受けたとしても、大企業に育成できる実力がなければ意味がありません。

しかし、国家資格がそれしかなかったので、やむをえず、すぐに中小企業
診断士の通信教育に申し込みました。1年コースだったのですが、決めたら
待てない性格なので、交渉して教材だけ1年分すべて先にもらい、3ヵ月目に
試験を受けたら、運よく受かってしまいました。

実際にコンサルタント業界に入ると、中小企業診断士の資格なんてまったく
必要はなかったです。「士」とは付いていても、弁護士や会計士のような
独占業務はなく、一流のコンサルタントの多くは、資格など持たずに活躍
しているからです。コンサルタントは、実力だけの世界です。

自分も中小企業診断士の資格は取っただけで、その後、一度も役立てた
ことはありません。資格とは、無関係にコンサルタントをやってきました。
しかし、その時はこれで準備ができたと一人納得して、百貨店には3年強で
辞表を出し、その時点からコンサルタントの道を歩き始めることになったのです。